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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9509号 判決

原告

鈴木光子

右訴訟代理人

竹川哲雄

被告

荒川祐治

外一名

右被告ら訴訟代理人

木村利栄

主文

被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは、原告に対し、各自金二〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  原告の請求原因

一  原告は、昭和四六年六月二九日、被告らから、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金四五〇万円、手付金一〇〇万円は契約成立と同時に支払い後日売買代金の一部に充当すること、残代金は同年七月末日までに被告らが分筆の上所有権移転登記申請の手続が完了するのと引換えに支払うこと、当事者の一方が本契約の諸条項の一つにでも違背したるときは相手方に対して何らの催告を要せず本契約を即時解除することができ、この場合売主の義務不履行に基づくときは売主は買主に対して既に領収済の手付金の倍額を支払わなければならないことの約定のもとに買受けるとともに、同日手付金一〇〇万円を被告らに支払つた。

二  原告が本件土地を購入するに至つた目的は、実姉の遺児二名を女手一つで育てるため、本件土地上に店舗兼住宅を建築し、そこでスナックを経営することにあつたが、原告が計画していた店舗兼住宅の規模からして少くとも一五坪の敷地が必要であつた。

三  ところで、原告は、昭和四六年七月頃、本件土地の登記簿を閲覧したところ、所有名義人が訴外株式会社サクラ電機製作所(以下「サクラ電機」という。)となつているうえ、訴外株式会社太陽銀行(以下「太陽銀行」という。)を根抵当権者とする元本極度額金一、〇〇〇万円の根抵当権が設定・登記されていることが判明したのみならず、被告らの説明では本件土地は南西角の道路に面する隅切りの長さが5.1メートルであるとのことであつたが、原告が建築する建物の設計を依頼した井上一級建築士の助言によつて首都整備局に赴き調査したところ、本件土地は、昭和四一年七月三〇日付建設省告示第二四二八号の都市計画により南西角の道路に面する隅切りの長さが六メートルであることが判明したが、かくては原告の計画している店舗部分が狭隘になつて本件土地売買の目的を達することができなくなつた。しかも、原告は、本件土地の隅切りが六メートルであることは契約締結後調査してはじめて知つたので、契約締結当時には本件土地の隅切りが六メートルであることを知らなかつた。

四  原告は、このように本件土地は第三者の所有に属し、根抵当権の設定・登記がなされているうえ、本件土地の隅切りが六メートルであつて、原告の計画している店舗兼住宅の建築の目的を達することができなくなるので、同年七月中旬頃、被告に対し円満に本件売買契約を合意解除したうえ手付金一〇〇万円を返還してほしい旨申入れるとともに、隅切り問題が解決したら何時でも残代金を支払う旨伝えたが被告がこれに応じなかつたので、昭和四六年一〇月八日到達の内容証明郵便をもつて本件売買契約を解除する意思表示をした。右解除は被告の契約違反を理由とする前記約定に基づく解除権の行使であり、仮にこれが認められないとすれば民法第五七〇条に基づく解除である。

五  よつて、原告は、被告に対し、前記約定に基づき手付金の倍額たる金二〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〈以下省略〉

理由

一原告は、昭和四二年六月二九日、被告らから本件土地を代金四五〇万円、手付金一〇〇万円は契約成立と同時に支払い後日売買代金の一部に充当すること、残代金は同年七月末日までに被告らが分筆のうえ所有権移転登記申請の手続が完了するのと引換に支払うこと、当事者の一方が本契約の諸条項の一つにでも違背したるときは相手方に対して何らの催告を要せず本契約を即時解除することができこの場合売主の義務不履行に基づくときは売主は買主に対して既に領収済の手付金の倍額を支払わなければならないことの約束のもとに買受けるとともに同日手付金一〇〇万円を被告らに支払つたこと、原告が本件土地上に店舗兼住宅を建築しスナックを経営する計画であつたこと、本件契約締結当時本件土地の登記簿上の所有名義がサクラ電機であり本件土地について太陽銀行を根抵当権者とする債権元本極度額金一、〇〇〇万円の根抵当権の設定・登記がなされていたこと、原告が昭和四六年一〇月八日到達の内容証明郵便をもつて本件売買契約を解除する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いない。

二ところで、原告は、まず、本件売買契約によると、被告らが昭和西六年七月末日までに南西角の道路に面する隅切りの長さが5.1メートルである一五坪の土地を引渡すとともに所有権移転登記手続をなす義務を有するにもかかわらず、右のとおり本件土地は他人の所有名義であるうえ根抵当権の負担も付着しており、しかも昭和四一年七月三〇日付建設省告示第二四二八号の都市計画によつて隅切りが六メートルと決定されているから、これを履行することができず、義務不履行に帰着することが明らかであるから、これを理由として本件売買契約を解除した旨主張するので、この点について判断する。

まず、原告が契約締結前現場に赴いて本件土地を検分していることは当事者間に争いないから、原告としては売買の対象となつている土地の位置、範囲を十分知つていたものというべきである外〈証拠略〉によれば、売買に際して、被告らは原告に対し、本件土地の坪数は一五坪、代金四五〇万円、(坪当り金三〇万円)と表示しているけれども、とくに本件売買は、原告がスナック店を建築するに適した敷地を物色し、当事者双方が交渉して成立したものであり、その際当事者双方は本件土地の実状をつぶさに調査し、正確な測量図を参酌して締結したものであることが認められるから、本件土地の売買は特定物の売買であるといわざるを得ず、したがつて、仮にその土地の一部に都市計画によつて建物が建築することができない制限を受けたとしても、瑕疵担保の問題は別として、被告らが本件土地一五坪をそのあるがままの状態で引渡しかつ移転登記をすることができる以上この点で被告に契約違反があつたということはできないものといわざるを得ない。

また、原告は、本件土地は他人の名義であるうえ根抵当権も設定・登記されていたから、原告が残金を提供してもこれを原告名義に移転登記手続をすることができず義務不履行があつた旨主張するが、〈証拠略〉を総合すれば、被告らは、昭和四六年五月一八日、サクラ電機から、本件土地を含む金町一丁目七二六番一、と同所七二七番一の土地を代金一、六二四万三、五〇〇円で買受けた際、サクラ電機は、被告らが右土地を第三者に分割転売することを許し、その場合には右売却した土地に相当する土地代金を支払えばサクラ電機が右土地を分筆し太陽銀行の根抵当権を抹消したうえ被告らまたは第三者名義に所有権移転登記をすることの特約があつた外、太陽銀行においても、サクラ電機が債務の一部を弁済したときは右弁済金額に見合う土地につき根抵当権設定登記の抹消登記をすることを承諾していたことが認められ、右認定に反する証拠がないから、原告が残代金三五〇万円を支払えば、被告らにおいても、一応本件土地について原告のために所有権移転登記をなす義務を履行することができる状況にあつたと言いうる。ところで、本件売買契約は双務契約であるから、右契約中、先履行義務とされた原告の手付金一〇〇万円の支払義務を除くその余の原、被告らの各義務は前示のとおり昭和四六年七月末日を期限として同時に履行されるべきものであるところ、〈証拠略〉によれば、原告は、売買契約締結後、建築設計を依頼した井上一級建築士の助言から、本件土地が都市計画の計画区域内に存在する関係上南西角の隅切りが六メートルとなるのではないかとの疑問を抱き、首都整備局を訪れ調査したところ、本件土地の南西角の道路に面する隅切りの長さが被告らの説明するごとく5.1メートルでなく六メートルであつたところから、本件土地を買受けてトラブルに巻き込まれることを嫌い、本件土地を買つて面倒な事態になるよりはむしろ早い機会にこれをあきらめて他に土地を買求めるのが得策であると考え、被告らに対し、本件売買契約を合意解除して手付金を返還してほしいと申し入れたが、被告らがこれに応ぜず種々折衝していた関係上、原、被告らとも各義務の最終期限である昭和四六年七月末日までに義務を履行せずして徒過したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、その後、原告において、自己の残代金三五〇万円の支払義務につき履行の提供をなしたことについては、これを認めるに足りる証拠はないから、被告らに本件土地について所有権移転登記手続をなす義務に不履行があつたということはできない。したがつて、この点の原告の主張は理由がない。

三次に、原告は、本件土地については隠れた瑕疵があつて契約の目的を達成することができない旨主張するので判断する。

〈証拠略〉によると、原告が本件土地を買受ける以前、宝居の案内を受けて下検分した際、本件土地の面積は一五坪であり南西角の道路に面する隅切りの長さが5.1メートルである旨図面をもつて指示されこと、原告としてはその際本件土地は都市計画の計画区域内にある旨告げられなかつた等の事情から、本件土地一ぱいに店舗兼住宅を建築する目的で買受けたこと、原告は被告らとの間に本件売買契約を締結し、手付金一〇〇万円を支払つた後、直ちに知人の井上一級建築士に対し、本件土地はわずかに一五坪であるから敷地一つぱいに建物を建設できるよう設計依頼をしたところ、同人から本件土地は都市計画の計画区域内に該当するのではないかと言われたので、首都整備局に赴いて調査したこと、首都整備局都市計画課の課員の調査によれば、本件土地は都市計画の計画区域内にある関係上南西角の隅切りの長さが六メートルになるとのことであつたこと、そのため原告の計画する一階の店舗部分の面積が当初計画していた一五坪より減少して一層狭隘になるうえ建築物の種類・構造・階数等が制限されるおそれのあるので当初の計画を断念したこと、原、被告らは契約に際し、本件土地が都市計画の計画区域内にあることについては気づかなかつたことが認めることができ、右認定に反する〈証拠略〉は採用しない。

右認定の事実によると、本件契約の際、売主である被告らが本件土地が一五坪であり南西角の隅切りが5.1メートルであると示したが、後日都市計画により本件土地の南西角の隅切りの長さが六メートルであることが判明し、建物の敷地面積が減少するうえ建築物の種類・構造・階数等が制限されるおそれのあることは、わずか一五坪にすぎない本件土地の利用上致命的な欠陥があるものというべく、それがひいては原告が本件土地をして契約上予定された店舗兼住宅としての使用に対しその適正を著しく減少する結果を招来し、しかも右の欠陥は取引上通常の注意をしても発見することができなかつたから、民法第五七〇条にいう「隠レタル瑕疵」に該り、これによつて原告は店舗兼住宅の建築という本件土地買受けの目的を達することができなくなつたものというべきである。

もつとも、〈証拠略〉によれば、都市計画の計画区域内の土地についても、すべて計画どおり実施するものでなく、特定行政庁の裁量によつて、角地の道路に面する隅切り部分の長さの制限等が緩和される場合もあることが認められ、本件土地についても、その後本件土地を買取つた訴外宿岩寅一が昭和四七年九月九日にした建築確認申請に対し、建築主事は、いわゆる「できがた」ということで本件土地の南西角の隅切りの制限を緩和し、隅切りの長さを5.1メートルとしたままこれを法令に適合するものとして確認していることが〈証拠略〉によつて窺われるが、都市計画の計画区域内の隅切りの制限が常に「できがた」として緩和されるものとは言い難いのみならず、一般市民がかかる制限緩和の適用を受けるためには当局への陳情・折衝、当局からの調査、呼出を余儀なくされて日常生活の平穏が乱されることも十分予想され、原告においてもその例外でないというべきであるから、かかる都市計画上の制限を売買の目的物に対する「隠レタル瑕疵」というに妨げないものといわなければならない。

しかして、本件売買契約の目的たる土地に隠れたる瑕疵があるものとしてなした原告の契約解除は有効であると判断する。

被告らは、原告が本件売買契約を解除した真の理由は、当初斉藤と共同で本件土地を購入したうえ店舗兼住宅を建てる計画であつたが、途中斉藤との間に種々トラブルが生じ斉藤のために金銭的な損害も受けたので斉藤と共同で本件土地を購入し店舗兼住宅を建築することに嫌気がさして来たところにあると主張するけれども、被告らの右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

四してみると、本件売買契約は、原告が昭和四六年一〇月八日到達の書面でもつてなした解除により消滅したことは明らかであり、被告らは、その原状回復として原告から受領した手付金一〇〇万円をそれぞれ(性質上の不可分債務に該当する。)原告に返還する義務があるというべきである。

被告らは、本件売買契約は昭和四六年一〇月一二日原告の債務不履行によつて、解除されたから手付金一〇〇万円の返還義務を負わない旨主張するが、被告ら主張の契約解除は、前示のとおり原告のなした解除によつてすでに本件売買契約が消滅した後であることが明らかであるから、原告に残代金支払の債務不履行があつたか否かについて判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。

なお、原告は、原告のした解除によつて、本件売買契約の約定に基づき原告が被告らに支払つた手付金一〇〇万円の倍額たる金二〇〇万円の支払を求めると主張するが、前掲の土地売買契約書によれば、原告が被告らに対し手付金の倍額の支払を求めるうのは、本件売買契約が被告らの債務不履行によつて解除された場合に限定されるべきものと認むべきところ、本件のごとく売買の目的物たる土地の隠れたる瑕疵を事由に解除された場合には、債務不履行の解除とその性質において異なるものであるというべく、しかも本件全立証によるもかかる場合にまで被告らが手付金の倍額を原告に支払うとの特約がなされたと認めるべき証拠はないから、原告のこの点の主張は採用し難い。

五してみると、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、被告らに対し、各金一〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年一一月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(塩崎勤)

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